虚無脱出

虚無を脱出している途中

樹海に行けなかった話

4/1になった。世の人々は新生活がスタートする日だ。大学卒業しても何もやるべきことがない僕はとてつもなく樹海に行きたいという欲望があったので何かに誘われるように青木ケ原樹海に向かうため長距離バスに乗った。

はっきりとした動機はないのだが、生への活力を取り戻したかったというのが理由のひとつ。樹海に思い詰めた顔をして入っていく人や樹海の中で人だった物体(実際にはそんなにごろごろ転がってるわけではないらしいが)を目の当たりにすることで反作用としての生への渇望が湧いてくるのではないかと期待していた。鬱々とした気分が無限に湧き生きるのが辛いと思っていてもいざ自殺をしようとするとすんでのところで思いとどまることがほとんどである、というのと同様に、死に瀕している人々や死自体を見て生きる気力を出そうとしたのだ。

乗っていた長距離バスは東京から西へ西へと走り次第に窓から高い建物が減り、山と川に囲まれたまばらな家々が見える光景に変わっていった。

2時間ほどで樹海への最寄り駅河口湖駅に到着した。日本人よりも外国人観光客が多い。Mt.Fujiを見に来たのだろうか。
ネットで調べると駅から循環バスに乗って西湖コウモリ穴で降りると樹海に行けるとあったのでバスロータリーにあった2.4℃という温度計を眺めながらバスが来るのを待った。どうやら駅から向こうに行く便としては最終らしく案内係が後ろで外国人旅行客にアナウンスしてるのが聞こえた。手が完全に冷えたところでバスが来た。駅を離れ宿密集地帯を抜けてどんどん景色が寂しくなってきた。窓から外を見るとさっきから少しずつ降ってきた雨が次第に雪に変わっていく。

停留所を5つほど通過すると乗客が僕の他に2人だけとなった。景色の寂しさとは対照的に雪が強く降ってきた。白い世界。移動中にスマホで調べると、西湖コウモリ穴で降りて樹海散策した後は河口湖駅まで行くバスがなくなってしまうことに気づいた。再び窓から外を見る。最悪歩いて駅まで戻ることになっても歩けるだろうか―いや、雪が降ってる上に明かりもなければタクシーもつかまらないほどの田舎だし歩くのしんどくて死にたい気分が増しそうだな。と自問自答した。

西湖コウモリ穴に着くまでのバス停5つほどは千と千尋の神隠しの冒頭に出てくるような(つまり千尋が異界に行く前のトンネル前のような)苔むした場所が多く、異界に誘われそうで怖くなってきた。ひょっとしたら自分以外の乗客は全員自殺しに行くのではないか、とまで思えた。

樹海の入口から駅まで歩いて2時間ほどだったので最悪歩けなくもない、ここまで来たら行ってみるかと腹をくくった。「次は 西湖コウモリ穴、西湖コウモリ穴」とバスのアナウンスが流れるとつぎとまりますボタンを押した。その直後で運転手が何か言ったが聞き取れなかったので無視した。

西湖コウモリ穴で停車。バス停の近くに民宿であろうか、記念館的なところであろうか、ロッジハウスのような建物があった。散策した後はこの建物で暖をとるか.......と思いSUICAをバスの運賃箱近くのカードリーダーにタッチしようとしたら怪訝な顔をして運転手が「本当に降りるの?ここはもうクローズだよ?17時過ぎてるからこの先のところも全部クローズされてるから。降りずに駅まで乗ってけばどうです?」と早口で制止し自動ドアを閉めた。確か軽装備の若者が終バス後に樹海に行くのは観光目的にしては不自然だし自殺しに行くと思われたのだろうか、降りるのをここまで引き留める運転手を初めて見た。

折り返し地点を過ぎ循環バスは駅まで僕を連れ戻してくれた。バスはそれぞれの停留所で駅まで戻る外国人観光客を拾っていく。車内は再び次第に賑やかになった。さっきとは逆だ。
吹雪がよりいっそう強くなる。大粒の雪がバスのフロントガラスに叩きつけられていく。木々には雪が積もっていく。クリスマスと言われたら思い浮かぶ光景がこれだ。
4月の最初に見た雪はとても美しかった。